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柿内正午「『ベイブ』論、あるいは「父」についての序論」

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会社員でもあり文筆家でもある柿内正午さんによる、映画『ベイブ』を考察し、そこから「父」や「男」といったキーワードを掘り下げていく一冊です。

一作の映画からでも思考はどこまでも際限なく広げていくことができる。むしろ、とにかく繰り返し見ることによってしか見えてこないものがある。

物事を考えること、何かをよく見ることに、などについての態度としても参考になります。”「会社員の哲学」の精神的な続編”と銘打たれています!

新書判/ 88ページ

(以下、公式インフォより)
映画を見るとはどういうことか。映画の表層だけを注視するのでもない。かといってありもしない深さや奥行きに捉われもしない。ただ「自分にはこう見えた」というひとつの視点をそのままに差し出すこと。画面上から読み取れることだけを記述しているはずなのに、なぜか生じる盲目と明晰の差異が際立つ。


自分の立場からものを考えるとはどういうことか。それは単純に「弱さ」の側にも「強さ」の側にも居直れない、複数の論理や構造の上での自身の中途半端な現在地をなるべく手放さないという絶え間ない持続である。わかりやすいポジションなど、個人にはとれはしない。


何度も何度も同じ映画を繰り返し見て、自分が何を見逃し、どんなありもしないものを幻視してしまっているのかを確認する。そうして自分の現在地を測る。「親」を引き受けることにいまだ躊躇う大したことない個人のありよう。


誰もが「子供」の立場から立ち去りたがらず、ありもしない「親」をでっちあげては怒り、悲しみ、疲弊していく状況がある。自らの夾雑物やずるさや構造的優位や鈍感さを誤魔化さず、それでもなおよりマシな未来のために個人が「親」的な立場を引き受けるための準備運動。それが『『ベイブ論』です。

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